有限と無限の間

真の生きる道を模索中。

我、休職中につき その2

人生には思いがけないことが起こります。

ただ生きているだけで、人生には辛いことが起こります。

そのためなるべく自らは辛い道を選ぶものではないなと思います。

今回の死産という経験は、私にはとても辛い出来事でした。

でも、人は生きていかなくてはなりません。

休職という道は私がこの先を生きていくために選ぶべき手段だったと思っています。

 

 

yaniyo.hatenablog.com

 

 

体が痛くて痛くてしょうがない。

そのため、私は近所の整骨院に通っていました。そこの先生はとても治療に熱心な先生で技術も素晴らしい方でした。

その先生が治療中世間話として

「何をやっている時が楽しいと感じますか?」と何気なく尋ねてきました。

楽しいという言葉。言葉としてはもちろん知っています。

だけれども去年の5月に死産した私は楽しいという思いを全く感じていなかったことに気がづきました。

そして、先生のよくある質問に答えることができなかったのです。

それまでの私は悲しみを抱えながら、辛い体を引きづって仕事をしておりました。しかし、前回に書いて仕事の状況により仕事にたいして全くやりがいも感じられず、仕事をすることで死産という悲しみから開放されるわけでもなく、帰ってきたら疲労した体も癒されず、子供を失った悲しみに向き合い、しかし向き合うにはあまりにも重いこと過ぎて受け入れられない。そんな人生。

 

『私は何のために生きているんだろう』

 

もう自分がなにのために生きているのか、一体自分がどんな人間でどんなことに喜び、どんなことに怒り、どんなことに悲しむ(子供を亡くした悲しみ以外)人間であるのかわからなくなっていました。愕然としました。

アイデンティティの崩壊でありました。

頭が真っ白になった私は接骨院であった一連の出来事を夫に話しました。

何のために生きているのかわからなくなっていると。

それを聞いた夫は私に一言言いました。

「俺はやにょと一緒にいない方がいいのかもしれない」と。

私は意味が分からなくなりました。私の人生の意味がないことと、夫が私から離れていくことが何の関連があるのかと。

我が家は私が言うのもなんですが、結構夫婦仲がよい夫婦です。お互い不器用な人間なのもあり、お互いを助け合って生きていました。よく会話して、お互いの趣味を尊重して、でも二人の時間も大切にする。そんな生活に私はとても満足しておりました。

それなのに俺と一緒にいない方がよいと言われ、頭をトンカチで殴られたかの様な衝撃でした。

私は「離婚したいの?」と聞きました。

すると夫は「離婚したいわけじゃなくて、俺といない方がやにょは楽になるというか、幸せになれるんじゃないかと思って」と言いました。

夫の言っていることの意図がよくわからなくて、なんでそんなことを思ったのか教えてと頼みました。

夫は、「俺がなにか伝えてもやにょは全く受け入れられない。そして俺の言葉でやにょを苦しめているんだと思う。俺といるとやにょが辛いから、やにょがもっと幸せに過ごせる環境にいたほうがいいんじゃないかと思って。だから、別れるのも手段のひとつなのかもしれない」

そんなことを言われました。

確かに私は悲しみが大きすぎて、夫が私のためを思って伝えてくれた言葉を全く受け入れられませんでした。受け入れられる心理状態ではなかったからです。でも、その行為で私は私で夫を苦しめていた。そして、夫も子供を失ったことにとてもショックを受けていて私が思っている以上に辛いのです。。私は夫を追い詰めていた。夫は夫で私を追い詰めていた。いや、夫と私二人とも追い詰められたいのです。

私は仕事をすれば夫とよりよい人生を歩めると思っていました。夫は転職も考えていたので、一生懸命働いてお金を稼いでいたら夫のことを助けられると思っていました。夫には今回の死産の出来事でかなり精神的なサポートをしてもらっていました。泣き叫ぶ私にいつまでも付き合ってくれていました。そんな優しい夫にせめて金銭的なサポートができればと思っていたのです。

だけれども、死産後一生懸命仕事することで何が起きたでしょうか。

体も心もボロボロになり、夫から別れた方がいいかもと思われている始末。

よりよい人生を送れるどころか、夫に終わりにしたいと言われてしまっているのです。

自分では夫とよりよい人生を送れるものと信じ歯を食いしばって体に不調をきたしながらも働くことが何の役にもなっていない、むしろマイナスの現象を起こしているのです。

私は夫の言葉に努力する方向を間違っていたことに気が付きました。

ああ、このままではだめだ。我々は夫婦共々崩壊してしまう。本能的に察しました。

そこで私は今まで続けていたことをすべて辞めることを決心したのです。