有限と無限の間

真の生きる道を模索中。

暗すぎるわたしの妊娠生活①

あまり更新していないブログですが読んでくださる方がいらっしゃるようで、とてもうれしいです。何を求めてきてくださっているのか気なるところですが、とってもとってもうれしいです。(語彙力があまりない)

 

今回からは妊娠期のことを書こうと思います。

こちらの記事の続きですね。妊娠したいと頑張ってた(?)時期のエントリーはこちらです。 ↓

yaniyo.hatenablog.com

 

死産してから焦って子供を欲したけれど全くうまくいかず赤く染まるパンツを見ては泣いてる日々でしたが、こどもはまぁいいや、さぁ好きなことして生きてこう!!と悟りを開いたら突如として妊娠しました。

待望の赤ちゃんを授かることができて妊娠検査薬で陽性反応が出た時は本当に嬉しくて、やったぁ~となり夫に話したことを覚えています。しかし、これでやったぁ~happy~世の中バラ色~~っとは全くなりませんでした。

 

それは、妊娠=また死産するかもしれない。。

 

という考えが頭から離れないからです。

 

病院に行くのもすごく怖いんです。前の子は病院で大きな病気があると告げられたからです。また同じこと言われるんじゃないかと思うと体がこわばってしまうのです。

 

妊娠したら嬉しくて病院にすぐ行って妊娠しているか確認とりたい気持ちもあるのですが、過去のトラウマが大きくて大きくて病院自体が怖くてしょうがない。

 

しかし、病院は決めなくてはいけません。私はこのときの病院の選び方が本当に適当でした。高齢出産だし持病もあるので大きな病院を選ぶべきなのに(前はそうしてました。)大きな病院に行ってまた同じ体験をするんじゃないかと思うとそれができないのです。私は電車1本で行ける個人病院を選びました。ここなら、何かあったら大きな病院を紹介されるだけで決定的なことは言われないだろうというそれだけの理由で選びました。今思うとひどすぎですね。。。

 

病院に行きたくない~と夫にだだをこねていました。いい歳なんですけどね・・・。夫は行かなくちゃしょうがないでしょ?と当たり前の事言われていました。

 

意を決して病院に行ったことを覚えてます。なるべく何も感じないように自分の魂が少し自分から離れているような感じで病院に向かいました。

 

病院は個人病院なので前に通った総合病院に比べるととても小さかったです。病院内はロココ調?というのでしょうか、ピンク色の優雅なつくりをしていました。待合室はとても込み合っていて、お腹の多いな妊婦さんや付き添いの男性や小さなこども、婦人科も併設していたので幅広い年齢層の女性が診察を待っていました。

 

診察を待っていると私の名前が呼ばれ、診察室に入りました。中年の男性の先生が座っていました。前の生理がいつだったかなどの質問に淡々と答えた後に、調べますので診察台に乗ってくださいと言われました。ズボンも下着も脱いで診察台に乗り、膣に器具を突っ込まれました。(あの器具はなんていうのだろうか)横にカメラがあって、中の様子がわかりました。なんか小さいものが動いているなぁてのをぼんやりした目でみていました。

 

先生「赤ちゃんはきちんといますね。子宮外妊娠でもないから安心してください。でもちょっと胎嚢が少し小さいかな?これは様子をみましょう」

 

わたし「はい」

 

診察が終わると「2週間後にまた来てください。」と言われました。

 

特に感動することもなく、でも、ああ、妊娠したんだなとい事実を知ったという感じでした。うれしいという感情を持つと失った時にまた悲しむのが怖いので何も感じないようにしていたんだなと今となってはそう思います。そして、胎嚢が小さいというわれてまた何かあるんじゃないかと怖くなりました。

 

次の予約を取り、病院を後にしました。

家に帰って胎嚢が小さいと言われた。また何かあるかもしれないと夫に不満をぶちかましました。夫は妊娠前も妊娠中もこんな私の相手をするので本当に大変だったと思います。

 

2週間後また病院で診察してもらうと先生から「胎嚢も大丈夫だね。」といわれてめちゃくちゃホッとしました。

そして、出産予定日が書いてあるピンクの紙を渡されました。そこには「ご妊娠おめでとうございます」と書いてありました。

 

私は前の妊娠の時誰もおめでとうと言われませんでした。分娩も誰もおめでとうと言ってくれませんでした。死産しているので当たり前なのですが。

前の病院では妊娠が確定した時もおめでとうとは言われませんでした。昨今は妊娠を知るのが超初期で流産など起こるケースが多いためあまりおめでとうとは言わないと何かで読みました。この病院でも先生方や看護師の方からおめでとうとは言われなかったのですが、紙に「おめでとう」という書いてある文字を見て嬉しくて泣きそうになりました。おめでとうと言われるのってなんて幸せなことなんだとうと思いました。ただの紙切れ一枚だけど、本当に嬉しくて嬉しくて待合しつで少し泣きました。

紙を眺めながら、でも本当におめでとうなことになるのかな?なんて考えながらお会計を待っていたのを覚えています。

 

 

この「ご妊娠おめでとうございます」と書いてある紙を未だに冷蔵庫に張り付けています。夫からもう捨てたら?と言われても捨てられません。妊娠をおめでとうと言われた初めての経験。うれしくてしょうがなかったんだもの。

でなところで、今回は失礼させて頂きます。

 

すぐ仕事をみつけたはなし

暑いですね・・・。6月ってこんなに暑かったでしたっけ?

季節の感覚がおかしくなってきているのは私だけですかね。。

 

 前回は仕事を辞めたはなしを書きました。↓

yaniyo.hatenablog.com

 

今回は仕事を見つけたはなしをします。

 

前回の記事にも書きましたが体調不良で連絡した時にも怒られたのですが、次の日休んだことを謝ったらもっと怒られました。連絡が遅いとのことでした。(仕事始まる前に連絡はしておりました)

私も完璧な人間ではないので悪いことも多々あります。

なので「大変申し訳ございませんでした。次から気を付けます。本当にご迷惑おかけいたして誠に申し訳ございませんでした。」とかなり頭を深々と下げてお詫びしました。

 

としおらしくしてたけど、実は全然納得はしてなかったよ!!

 

だって他のバイトの人たちは遅れてきたり、勝手に食材食べたり、連絡なしでシフト出なかったり(次回しれっと来る)、打刻の時間ごまかしてたり、しゃべってて何もしなかったりしているのに

 

誰も怒られておらんのですよ・・・。

 

納得いくか~~~い!!!

 

ちなみに私の謝り方は言葉だけみていると誠実そうですが、めっちゃ慇懃無礼でしたので店長ちょっとギョッとしてました。

私も大概性格が極悪です。

 

真面目に遅刻もせずに頑張って働いていたつもりなのですがどうにもこうにも環境が悪すぎるなと思いました。良い方もいるのですけど、狡いことをする人が多かったので、ここにずっといると自分まで性格が悪くなるような気がしたのです。

 

辞めた方がいいかな~と薄々思ってはいたのですが、次に行動が移せませんでした。

なぜなら次探すのが面倒だから。

こういうことってよくありませんか?

なんだかんだいっても1年くらい働いていたので仕事には慣れてきたしなぁ~とか。

時給はまあまあいいしな~とか。

次がどんなところかわからないしなぁ~とか。

そんで、子供がいるのでまた次を探すのはなかなか難しい身分です。なんせしょっちゅう熱出すし、突発で休むことなど多々あることなので。

 

などとうだうだ考えてたけど、店長に怒られて目が覚めました。

 

私、マジここに居たくない!!!

 

そう思うとこの店長には感謝するしかないかもしれません。

なぜならすぐに行動に移せたからです。

 

私は店長に怒られた後体調不良でふらふらしながらなんとか仕事を終わらせると、自転車でとあるお店の前に行きました。そこはお弁当屋さんなのですが、そこにパート募集と書いてあったのです。それをジッと見ていたらお店の方に話かけられました。

 

「募集に興味があるの?」と

 

私は促されるまま「はい。できれば働きたいのですが」と伝えると

 

お店「じゃぁ、携帯番号頂戴ね。社長に聞いて連絡するから」

 

私「はい。お願いします」

 

となり、1か月後にはそこで働くことになってました!!

 

展開早いなぁ~~

 

その後私はしっかりインフルにかかり寝込むことになったのですが、それはまた別の話です。

 

店長はすごく腹立たしかったのですが、思えば怒られなかったら今もだらだらとここ嫌だなぁ~と思いながら働いていたかもしれないので、今はありがとうの気持ちです。

ファミレスを辞めたから喉も痛みもなくなったし、体力的には今の方が楽なので本当に辞めてよかったです。

 

決断を促してくれた店長は今なにやってるかしれませんがまさか自分の行動が私の辞めるきっかけになるとは思ってもいないでしょう。

そう思うと人って何かしら人から影響を受けながら生きている生き物なんでしょう。

 

てなところで、この辺で失礼させていただきます。

仕事を辞めたはなし

暫くブログを書いていなかったのですが、世の中すごいことになりましたね。

そう、コロナ

日本のみならず世界まで大騒ぎになりました。というか、まだ続いていますね。

しかし、こんなことなるなんて誰も想像できなかったと思います。

一瞬先は闇という感じでしょうか?これから世間はどんどん変わっていくんでしょう。どう変わっていくのか楽しみでもあります。

 

私はというと、1月に仕事を変えました。

 以前に勤めていたところの記事はこちらです。↓

yaniyo.hatenablog.com

 

とあるファミレスのキッチンでパートですが勤めてました。仕事自体は楽しかったのですが、あることがあってもう嫌になって辞めることにしました。

 

簡単に流れを説明すると

具合悪くなる→休む→連絡が遅いとめちゃ怒られる→その後無理して仕事に出る→インフルになる→仕事休む→出勤するがもう嫌になる。

 

現場から以上です。

 

語らせて頂きますと、 

はじめ具合悪くなってしまいお店に連絡したらですね、時間が遅いと店長にめちゃ怒られたんですね。始業前に連絡したんですけど怒られたんですよ。もっと前に言えといわれました。

 この時の店長は変わったばかりだったんですけど、前の店長代理にはあまり早く電話するなと言われてたんです。なので、言われた通りにしてたらめちゃ怒られました。

 

そんで無理して出勤したら40度を超す熱をだしましてね。ふらふらになって病院行ったらインフルですってよ。初めてインフルなったけどこれマジ辛いのな・・・。

 

インフル後に出勤した時に同僚のベテランさんに言うのが遅いと店長に怒られましたと話したら、前からそうだと思ってたと言われました。

 

え?前から!?ならそう言ってくれよ!!(衝撃)

 

するとベテランさん2人から、

『昔は休む時に誰かシフトを代わりにやってくれる人を見つけないといけなかったのよ。それで最後の最後に連絡するのは店長なのよ!!今はいいわよね~店長に連絡すればいいんだもの~~」

 

と畳みかけるように言われたらね、

 

心がポキッと折れました。。。

 

言われたことを文章にしてみると大したことないんですけれど、その当時の状況がインフルが治っ直後であっても体が怠くて鉛のようでした。しかも怒られたからメンタルにもきてて、最後の最後に仲良くしていたベテランさん達に昔は大変だった、今はいいでしょう~と言われたら、もう、

 

ここではやってけないよ~~(涙)

 

ってね☆彡

 

しかし、具合悪いのに誰か他の人を見つけるって無理でないか?!

インフルやって知ったけど頭朦朧とするし、熱でガクガクするし、そんな状況で連絡取り合うなんて、

 

THE MURI !! 

 

今は代わりを探さなくてよくても、もし別の店長がきたら(店長は面白いくらいすぐかわる)また探せ!!ってなる可能せいもあるわけで、

子供もまだ小さいし、これからまたどんな病気になるか分からないし、こりゃ本当に

 

MURI MURI MURI !!!!!

 

と言う訳で、次の日には店長に辞める旨を伝えましたとさ。

 

でも、私真面目だから辞めるには1か月前に伝えてからというルールがあるみたいで、それを守りこの後1か月きちんと働いてから辞めたんだよ!!

えらくない?

え?普通だって?!

 

だって、フロアの女の子ばっくれで辞めてたよ!!

 

その子は疲れていても連続勤務していて、ようやく休めると思ったら体調悪いベテランさんからシフト変わってと言われ、しょうがなく出たら彼女の体調が悪くなってしまい店長に休むと伝えたら、めちゃくそ怒られたそうだ。(どっかで聞いたような話だな・・・)

 

そして、次の日から来なくなりました!!

もちろん連絡もつかない状況よ!! 

 

彼女も心がポキッと折れたのでしょう。

わかる、わかるよ。

彼女となら朝まで愚痴れそうだ。うん。

 

てなわけで、私はファミレスを辞めて次の仕事へ移ることになりました。

 

次はなんだって?!

 

次も飲食だよ!!!(爆)

 

てなところで、本日は失礼されて頂きます。

 

すぐのどが痛くなる

この二日ブログを書かなかったのは、仕事と家事と子育てでヘロヘロ状態になったから。

出来れば毎日ブログは書きたいが、ここを無理やり頑張ってしまうとまた体調不良に一直線。

頑張ればできることって、できはするけど、結局精神的にも体力的にも負荷が多いと思う。

そして無理して出来上がったものってそんなに質が良い訳でもない。

 

その結果具合が悪くなり、結局寝込むことになればその時間がもったいないし、寝込むほど体を酷使してきたことになるので自分の体に悪いことをしている。

体は運命共同体であり、仲間である。

仲間は大事にしないといけない。

 

 

すぐのどが痛くなる。

ほんとここ最近毎日喉が痛い。

喉が痛いと不快である。

気になって仕方ないし、また具合悪くなるのかというサインと思い精神的にもうんざりする。

喉が弱いので、色々している。

  • 緑茶を飲む
  • 大根のはちみつ漬け汁を飲む
  • マスクをする
  • 帰ってからすぐうがい手洗い
  • かりんのど飴をなめる
  • 睡眠をよくとる
  • 首に暖かいショールを巻く

こんなに色々やってても何だか喉が痛いのだ。

くそう~~!!喉のやつめ~~!!となぜか喉を責めだす自分がいた。

喉を責めても何も解決しないので、これらの中で特に効果があったものをピックアップしてみる。

 

・睡眠

ここ数日も喉が痛く疲れもあったので、いつもより早く寝てみたら次の日喉の調子が少し良かった。やはり睡眠はすべての体調の要。

日々7時間以上は寝ないと私の健康は保てないらしい。疲れていたら8,9時間と寝る時間を長くしてみよう。

 

・喉に暖かいショールを巻く

なんとなく効いている気がする。巻いたからって直ちにすぐ喉が痛くなくなるわけではないが、喉を守っているという行為が「私、自分の体気にかけてるのね~~」って思えてなんかいい。なんかいいから、なんかいい。

 

 

・カリンのど飴を舐める

私はなぜか少し喉が痛いな?と感じてすぐカリンのど飴を舐めると少し喉の不快感、痛みが減る。色々のど飴を試してみたが、ロッテのカリンのど飴が一番だ。

ロッテさまさまである。のど飴の成分にはカリンポリフェノール配合と書いてあったので、カリンさまさまでもある。飴を舐めながら舌で飴の成分を痛いところにぬりぬりすると益々効いてる気がする。

 

・帰ってから手洗いうがい。

これは喉の痛みとか以前にインフルや風邪などの感染系の病から身を守るためにも必要である。というかもう慣習になっている。

 

逆にこれあまり私には効果ないかな?と思うもの

 

・大根のはちみつ漬け汁を飲む

・緑茶を飲む

 

大根とはちみつは喉に聞くと効いてやってみたのだが、あまり効果を感じない。緑茶もカテキンがいいと効くのだがやはり効果を感じない。

もしかすると、日頃からやっておいたらいいことなのかもしれない。これらを私の場合は喉が痛くなってきたから行っていた。なので喉が痛くなってからするのではなく、日頃から取り入れたら予防になるのかもしれない。

 

 

 

喉の痛みに悩みに悩んだ私は、どうしたら喉が痛くなくなるかとみんなのGoogle先生に教えをこうたらこんな記事を見つけた。

 

のどの奥には、口蓋扁桃咽頭扁桃・舌扁桃や孤立リンパ濾胞と呼ばれるリンパ組織が集合しており、外部からの病原体の侵入に備えています。これらの組織は自らが炎症を起こすことでさらに重症の呼吸器や消化器感染症を防いでいるのです。そういう意味で「生理的炎症臓器」とも呼ばれています 

 

喉が痛くなることで重症の呼吸器や消火器感染症を防いでいるだなんて!!

なんて働き者の喉なのだろうか。

喉のやつ~~!!と迷惑がっている場合ではない!!

いや、喉ではない、喉さまさまである。

喉は炎症することで私を守ってきたのである。「生理的炎症臓器」だったなんて知りもしなかった・・・。

 

敵ではなく味方である喉さまをこれからはもっと大事にすることを心に誓ったのであった。

 

悲しいことは、ただただ悲しい

今年の目標を立てたりと元気に過ごしています。

しかし、亡くしたこどものことは忘れることはありません。

立ち直っているようにみえるかもしれませんが、別に立ち直っていません。

 

そもそも立ち直る気がありません。

 

立ち直るとは、悪い状況になった人が元のよい状態になるという意味らしいですが、元の死産前の私に戻ることは不可能です。

 

死産したことは消えないことだし、悲しみも癒されることはありません。

悲しいことはただ悲しいです。

 

でもそれでいいんだと思います。

 

無理にポジティブになる必要なんてありません。

元気にふるまわなくてもいいのです。

 

悲しみを悲しみとしてその感情を堪能することで、私はこどもとの繋がりを感じます。

これはわたしがこどもと繋がれる、こどもが確かに存在したという証です。

誰にも邪魔はさせません。

 

私には私のかわいいこどもが確かに存在した。

ちっちゃくてこの世からはすぐいなくなったけれど。

私の心の中ではいつでも存在している。

 

私の大切な大切な宝物。

 

 

 

今さらながら今年の目標を立ててみる

1月の中旬に入って参りました。

気がつくと1年が終わっているということにならないように、今年の目標を立ててみました。

 

1、生きる!!

 

12月の体調不良があまりにも辛く、少しトラウマになってます。今思い出しても辛かった。。。体が徐々に衰弱していき、死ぬってこんな感じなのかな?と命の危機まで感じました。唯一よかったことはメンタルまでやられなかったことですね。

否、やられ始めてたのかもしれないけど、踏ん張りました。えらい!わたし!

今回のことを教訓に生命維持のためもっと適当に生きるんだ!!

 

2、寝る!!

体調不良のときに実家と夫実家でダラダラしてたら少しずつ体が楽になってきました。

自宅に帰ってからもなるべく時間を作っては寝ることにしてたのが元気への道だったのかもしれません。やはり睡眠大事ですね。7時間睡眠するようにするぞ!

 

3、本を読んで勉強だ!!

本を読みたいと思いました。元々読書大好きだったんですけど、時間もお金もないからだんだん読まなくなってきてます。前は読み始めると集中しまくって夜中になってでも最後まで読めていたのですが、今は無理です。体を壊してしまう。

なので、1日10分でもいいから隙間を見つけて読書しよう。お金ないから図書館で借りたり友達から借りよう。コーチングをやっているので心理学系の本を読んで少しずつでも勉強していくぞ!

 

4、体を強くする!!

体調崩しまくりだったので、体力つけたいです。何だったらムキムキの筋肉マッスルになりたいのですが、まあ、無理だよね。今は寝る前にストレッチを始めてみたのですが、少しずつ体が柔らかくなってきてるのがとても気持ちいいです。昨日よりはちょっとできてるてのが分かるって楽しいですね。なにかヨガとかピラティス?とか初めてみよう!!

 

5、月10万稼ぐぞ!!

私は今調理の仕事とコーチングをやっています。この二つで月10万稼ぐぞ!!

 

6、家族で楽しく過ごすぞ!!

夫とこどもと楽しく愉快に過ごしたいです。イライラしたりけんかしたりしないで。そのためにも体調管理、精神的な余裕、適当にやる心意気なんかがカギ何だろうと思います。

 

 

以上。

やはり生き抜くためには適当に生きるってのが大事だと痛感しました。

疲れたら休む、辛いなら助けてもらう、泣きたいときは泣く、嫌になったら止める。

私はぶっ倒れると家庭が本当に回りません。

なかなかそう休むことなどうまくはいかないのですが、省エネモードで生きていきます!!

 

人の成長をみて感動するの巻

眼鏡の片方のつるがとうとう折れました。。。

昨日直して今日折れる。

もちろん子供によって破壊されました。涙今は片方つるがない状態で眼鏡かけてます。

なのでめちゃくちゃ眼鏡斜めになっております。

レイシックとかした方がいいのかな。

眼鏡必要なくなるし・・・・。

これで眼鏡破壊されたの2本目です。あと一本も次は直せませんって眼鏡屋さんに言われているの・・・・。(悲しみ)

 

私はただ今ファミレスのキッチンで働いております。

そのお店がいろいろやばいという記事はこちら↓です。

 

yaniyo.hatenablog.com

 

ファミレスのキッチンなので若い子もたくさん働いています。その若い子のひとりY君という子がおります。御年18歳です。ぴちぴちです。

 

彼は大学生でした。

 

大学が夏休みに入るとY君は私と一緒にお昼も働くようになりました。大学の夏休みも終わるだろう頃、私はY君に

「もう夏休みも終わって大学始まるからお昼一緒に働けなくなるね。」などと話かけたら、

Y君は

「大丈夫です。お昼も働けます。大学辞めたので。」と言いました。

 

それは果たして大丈夫なのか?

 

思いもしなかった回答に驚愕です。

 

「ど、どうして大学辞めちゃうの?」と聞いてもY君は答えたくないようで、それ以上会話は進まずしてコミュニケーションは終了しました。

 

その後Y君は昼も夜も働く真面目な勤労少年となりました。

 

 

Y君は文句も言わず黙々と真面目に働いてくれるのですが、

 

如何せん、

 

言われたことしかやってくれない。。

 

この仕込みやっておいてね~というと確実にやってはくれるのですが、毎回毎回指示出さないと仕事してくれないのです。

 

例えば、

食材のストックが足りなくなりそうだと冷蔵庫を自ら確認して気づき補充する。

 

てのが全然できない。。

 

毎回毎回こちらが確認して指示を出さないとやってくれないのです。。

 

先輩に「どうしてY君は言わないとやってくれないんですかね?」と聞いてみたところ、

 

「今の子はすごくマイペースで言われたことしかしないのよ。注意するとすぐ辞めるしね、難しいの」と言われました。

 

なるほど、なるほど。

ジェネレーションギャップってやつですね。。

 

自分の今までの経験だと

言われなくても先回りして仕事をしていないと上司・先輩にばちクソ切れられて〆られるってこともあったし、

大したことないミスでめちゃんこ怒られて契約社員の契約破棄されそうになったな・・・なんて。。

 

私大変だったなぁ・・・ 涙

ちょっと自分の過去を思い出して泣けてきました。。。

 

そんな私のことはさておき、

 

自分より若い子と仕事する場合、今までの自分の感覚はもう通じない。。。

 

という事だけは分かりました。

 

なので、このY君と仕事するときはなるべくフォローして、なるべくやるべきことを毎回毎回伝えるということをしてたんですけどね。

 

これ、まじで疲れるんすよ。

 

こちらもこちらで仕事があるため、ずっとY君担当の仕事を気にしながら自分の仕事をこなすのは負担が大きいのです。

 

 

どうしたもんかな~?と思った私は、なるべく彼が考えるように仕向けました。

 

明日は鶏肉が必要で仕込まなきゃいけない場合、4パックやっておいてね!!と言うのは簡単で、確実にやってはくれますが、それだと彼はどのくらい必要か全く気付かないし考えもしない。そうすると次回も私が指示出さない限り何もしないんです。

 

なので、「明日のメニューは鶏肉必要だけど、Y君はどのくらい必要になると思う?」

 

と質問を投げかけることにしました。

 

最初は「分からないです。」とか「う~ん」とか答えなかったんですけど、毎回毎回質問して私は4パックだと思うけどどう思う?と自分の意見を交えながら相談したら、

 

「5パックだと思います」と自分の意見を言うようになってきました。

 

そして彼が言ったパック数があまりにも違い過ぎるって時以外は

 

「うん。それでいいんじゃないかな。やってみよう。」と言うようにしました。

 

そうやってやってくうちに少しずつですけど彼もうちとけるようになり、会話も少し弾むようになってきました。

 

そして、ある日メニューの特別フェアが始まりました。うちの店は何か新しく始まってもなぜかそういうことをスタッフに教えてくれません。注意書きのメモがあるくらいで口頭で説明などしてはくれないのです。困るのはその時たまたまシフトに出た人。

 

もちろんY君も全く知らなかったみたいです。(おいおい)

 

たまたま先輩から聞いていた私はY君にフェアが始まること、たぶんオーダー多いから食材のストックはこれとこれを多く用意して、仕込みを気をつけてみておいた方がいいよなどと伝えました。

 

 

次の日、たまたまY君に会った時に、

「昨日はどうだった?いっぱいオーダー出た?」と聞いたところ、

 

「たくさん出ました」と言われたので、

 

「じゃあ、たくさん食材用意しといてよかったね。」と伝えたら、

 

「はい。ありがとうございました。」と言われたのね・・・。

 

もう感動ですよ。感動。

え?!何がって?!

Y君が私にお礼言ってるんだよ!!

え?!今までフォローしたけどお礼言われてなかったのって?!?!

 

全く言われてなかったYO!!!!!

 

恐らくレベルは低いのかもしれないけれど、Y君がお礼を言えるくらい成長したことに感動。

その成長の一部は私の今までやってきたことが影響していると思うと、もう、これ感動。

 

私は人の成長に一役買ってる事がとても嬉しいし、人が成長しているのをみるのがとても好きなんだなと再確認しました。

 

また、若い世代と一緒に働く上でこの経験はすごく勉強になりました。

私はこう考えるけどあなたは?と投げかける行為と相手が考えた結果を後押しすることで信頼関係が生まれることがわかりました。

 

 

人生いろいろ学ぶことはあるよね~~ってところで今回は失礼致します。