有限と無限の間

真の生きる道を模索中。

会社の辞め方:私の場合2

 暫く間が空いてしまいましたが、今回のエントリーは下記の続きになっております。よろしければ読んでみてください。

yaniyo.hatenablog.com

 

スーパーキャリアウーマンのNちゃんからアドバイスしてもらったものの、私は携帯を握りながらどうしても上司にメールを打てずにいました。

しかし、Nちゃんと約束した1週間ももう少しで過ぎてしまう・・・。過ぎてしまうと益々やらなくなる、否、できなくなるのは火を見るよりも明らか。今やらずしていつやるか!私は意を決して携帯を手にし、メールを打ち始めました。

 

上司へのメール

【お疲れ様です。申訳ありませんが、会社を退職することにしました。退職のお手続きお願いしたく、書類の送付をお願い致します。】

 

手が汗でにじみ、携帯がべとべとになってしまったが、なんとか文を打つことができました。あとはこれを送るだけ、、

 

や、やばい、ドキドキする!!

わたし『夫、どうしよう!やばいよ!!』

夫『大丈夫だから送信しなさい』

一人では送信すらできなそうだったので、夫かいる時間帯を選んで作業していました。

わたし『そりゃ!!』

意を決して送信ボタンを押す

わたし『や、やばいよ!!どうしよう!!』

見守る夫。

 

上司から速攻メールが来る

【お疲れ様です。退職件、了解しました。総務へ連絡致します。』

私からのメール

【お疲れ様です。お忙しいところ恐れ入りますが、どうぞよろしくお願い致します。】

わたし『はぁ、はぁ、はぁ』

この作業だけでもう疲れてしまっているわたし。

 

暫くすると、再度上司よりメールが来る

【総務へ連絡したところ、お会いして書類等やりとりしたいとのことです。会社に来るのが無理でしたら、ご自宅近くに総務が伺うとのことです。私の同行しますのでご安心ください。】

 

この文章で私は軽く動転しました。

 

わたし『夫、どうしよう!!会社行かなくちゃなのかな。てか、家の近くなんてもっと嫌だよ!上司も来るって!どうしよう!!全く安心しないよ!!』

夫『書類だけくださいとまたメール返信すれば大丈夫だよ』

わたし『そうなると、なんで会えないかとか言わないとだめだよね!?なんて打てばいいんだろう・・。どうしよう。病気で無理ですとか言えばいいのかな?なんて打てば・・・』

どうしていいか分からず、オロオロするわたし。どうやら会社の人と接すると極端に知能が低下するのです。

夫『携帯貸して』

頭が回っていない私は促されるまま携帯を夫に渡しました。そして夫はメールを打ち始めました。

わたし『え?え?なんて打ってるの?!』

夫『まぁ、悪いようにしないから任せなさい』

と言って颯爽とメールを送信してしまいました。

わたし『え?!なんて打ったの!?』

夫『退職の書類送付お願いします。って送ったよ』

わたし『え?!送っちゃったの?!理由とかいらないの?』

夫『理由なんて会社に伝える必要ないでしょ』

呆然とする私。確かに、会えない理由をあえて伝える必要性なんてないような・・・。

 

事の起りを頭で整理していると、上司からまたまた速攻で返信がきました。

【了解しました。退職の書類自宅にお送り致します。】

 

あれ?なんか思い通りにいったよ。。。。

わたし『夫!!夫!!書類送ってくれるって!!やったよ!!やったよ!!よかった!!』

感激する私と冷静によかったねと言ってパソコンに向かう夫。

なんだろうこの温度差は。

 

このように周りの協力の元、私は退職の書類をゲットすることに成功しました。

 

 

会社の辞め方:わたしの場合

 私ただいま絶賛無職で、無事に会社を辞めた身であるのですが、今回は私の会社の辞め方、手続きの仕方について書こうと思います。

↓この記事↓は、辞めるという決断をした心の流れを書いてます。良かったら是非読んでくださいね。

yaniyo.hatenablog.com

 

あくまで私の場合ではありますが、もし辞めたいけど辞めれないなどと悩んでおられる方がおられましたら、参考にして頂ければと思います。

会社辞めるって結構簡単です。

 

さあ、辞めようと決断したのですが、如何せん会社と連絡取りたくなかった私でした。連絡を取ると思っただけでも、ストレスでどうかなりそうです。

私と会社との流れを簡単に説明すると、

死産(入院)→病気欠勤扱い(産後休暇貰えない)→復職→休職→会社を退職しようと決断!!(→今ここ)

 

連絡先である私の上司にあたる男性は、これから死産の手術をすると言っているのにお見舞いに行かせてくれと言ったり、私の休職理由をまだ軽い方で良かったとか言ってしまうかなり香ばしい方です。

そう、辞めるにはこの人に連絡を取らねばならない。。

それだけで、私は脳みそがフリーズし、体がガチガチに緊張してしまうのです。たかが連絡を取るだけで、どうしようどうしようと悩み続け、ただ月日は流れておりました。

このままではいかんと思った私はお友達に相談することにしました。

この友達はNちゃんといいまして、超絶キャリアウーマンでもあり、転職も何回も経験している社会の荒波を見事に乗り越えているスーパーウーマンでありました。

 

私「仕事辞めようと思ってるんだ。」

Nちゃん「いいんじゃないかな?やんちゃんとっても大変だったし、いい決断だと思うよ」

私「うん、そうなんだけど、上司と連絡取るのか嫌でさ。話したくないんだよね。情けない話なんだけど。」

Nちゃん「そんなのメールでいいじゃん。」

私「え!メール?!」

Nちゃん「うん。辞めたいので書類送ってください。これでいいんだよ」

私「マジで!!???」

驚愕する私をしり目にNちゃんはいたって普通に接していました。

私「で、でもそんなことしたら、社会人としてやばいんじゃないかなぁぁぁ」

Nちゃん「だってやんちゃん、お医者さんから診断書もらってるでしょ?病気なわけだし、話せないのなんて当然じゃん」

私「はっ!!!!た、確かに!!」

Nちゃん「私も会わずして辞めたこと2回くらいあったよ。だって私も診断書もらってたし。まったく問題なく辞められたよ」

私「そ、そうなの?」

Nちゃん「うん。そうそう、簡単簡単。やんちゃんでもできるよ」

そういってNちゃんは注文したあんみつを美味しそうに食べていました。そうか、そんなもんでいいのかと私はそんなNちゃんを見つめていました。

このNちゃんは激務で体調を壊したりしておりましたが、転職を何度も体験し、成功させて今もバリバリに働いていました。彼女は私と違ってスーパーウーマンでありましたが、そんな彼女から簡単だよと言われるとなんだか自分でもできそうな気がしてきました。

Nちゃん「とりあえず、この1週間以内にその上司に辞める旨をメールしてみなよ」

わたし「わかった!!とりあえず頑張ってみるよ。ありがとう」

Nちゃん「あ、私このあとアポイントがあるから、またね」

とタイムマネージメントが完ぺきなNちゃんは颯爽と去っていきました。そんなNちゃんからミッションを与えられた私は上司にメールすることにしました。

 

 

地元

実家に長く滞在している。

私が幼稚園に入る前に引っ越してきて、25歳で海外に行く前まで住んでいた。所謂地元ってやつだ。

東京近郊のベッドタウンとして栄えていった我が地元であるが、私の幼いころは、まだまだ田んぼが広がり、森が生い茂り、野兎も野雉もいるような野趣あふれる土地であった。

今は再開発が進み、あんなに生い茂っていた緑々していた森も伐採され、ショッピングモールが建設され、マンションや戸建ても続々立ち並び、私の知らない地元になっていった。〇十年前、引っ越してきた当初、私たち家族はこの土地で新参者であったけれど、逆に今は古参の住居者になり、新しい移住者が昔の我々のように住み始めている。

それだけ私も私の親も歳を取ってきたことを感じる。

 

運動も兼ねて近所を散歩することを日課にしている。

小さいころ友達と遊んだ公園や、追いかけっこをした坂道、咲いている名もなき花や草、どれをとっても懐かしい。

 

同級生のお父さんに見かけた。私は気づいていたのだけれど、気恥ずかしくて通り過ぎようとしたら、同級生のお父さんが話しかけてくれた。

「あ、やんちゃん」

「お久しぶりです、おじさん。お元気ですか?」

やんちゃんと呼ばれると、一気に脳みそが昔の情景でいっぱいになる。小さい頃からの知り合いは私をやんちゃんと呼ぶ。大人になった今はあまり呼ばれなくなってきた。

「元気だよ。〇〇は今大阪にいるよ」

おじさんの娘、そして私の幼馴染である友達の近況を教えてくれた。もうだいぶ会っていない。

おじさんは昔の面影はもちろんあるけれど、頭も眉毛も真っ白で顔には濃い皺があり、やはり歳を取ったのを感じた。うちの両親だって歳を取ってるのだから、友達の親も歳を取るもんだよなと妙に納得した。

おじさんは笑うとますます皺が濃くなってくる。でも変わらず愛嬌があって、友達ともどことなく似ている。

「ここらあたりはみんな歳を取った人ばっかりだけど、再開発のところは若い人ばかりだよ。」

「再開発のところは、本当にすごく発展してますよね。」

「そうそう、すごいよね。」

私の地元も過疎化が進んでるようだ。

たぶん我々、私たち家族と友達家族が引っ越してきたころは、もっと昔から住んでいる地元の人から同じようなこと言われてたんだろうなと思いながらおじさんの話をきいていた。

ここで急に雨がぽつぽつ降ってきた。正直助かったなと思った。友達ならともかく、友達の親と長く話せるだけのコミュニケーションスキルを私は持ち合わせていない。退散するチャンスを得た。

「あ、雨ですね。すいません。ではここで失礼します。おばさんにも〇〇ちゃんにもよろしくお伝えください。」

私はいっぱしの大人みたいに別れの言葉を告げた。もう私は大人であるけれど、幼い私をよく知っている大人であるおじさんは、私が小さな頃からもう既に大人であった。そんなおじさんにいっぱしの大人の会話をすることが、己がもう小さい子供でないんだということを強く感じた。

おじさんと別れてから私は実家に向かって歩いていった。散歩は諦めた方が良さそうだ。

実家に戻る途中に雨はすぐ止んでしまった。しかし、雲は重くて、湿気をいっぱい含んでいる。また降りそうな予感。

とりあえず実家に着いたら洗濯物を取り込まなくてはいけない。テニスに出かけている母から雨が降ったらすぐ取り込むよう言われていたのだ。

雨は止んでしまったが、取り込んだ方が賢明であろう。母と暮らしていた頃の私が私に呟いた。洗濯物がパリパリに乾くことを何よりも望む母。そうだ、そうだ、怒られないためにもさっさとやっておこう。私は子供の頃と同じように実家に着くや否な急いでベランダへ向かい洗濯物を取り込んだ。

やはりどんなに大人になっても母からどやされるもは嫌なのであった。

 

夢トークとマウンティングの対処法

バラエティが好きです。

バラエティを観ていると楽しい。

笑いは癒し効果があると思う。

そして自分の好きなものを楽しいと感じられることに嬉しくもあります。

 

アメトークは特に好きなバラエティで、日曜もやるようになったけど、やっぱり深夜の時間帯の方が個人的に好きです。

もう何年も前の深夜のアメトークで夢トークという回がありました。芸人さんがみた夢をただ語るという単純なものなのに、どの芸人さんも面白おかしく語ってて、芸人さんてすごいと思った。その中で今でも覚えている夢の内容がおぎやはぎの小木さんのものでした。

 

小木さんがみた夢の内容、確かこんな内容でした。

 

すごい大きな本当に大きなバストの持ち主の女性が夢に出てきて、本当にとっても大きいから

小木さんは「何カップなんですか?」と女性に質問すると

「Aカップです。」と言われて、

小木さんは「いやいや、そんなに大きいのにありえないでしょう。本当は何カップなんですか?」てまた聞くと

「いや、Aカップなんですよ。」ってあくまで答えるから

「いやでも本当に大きいですよね。絶対Aカップじゃないですよ。」と言うと

女性は「いえいえ、私はAカップなんです」て言うから

小木さんは「はぁ、そういうAカップもあるんですね。」って応える夢。

 

確かこんな内容だったと思います。

観た時はただただ面白いなぁって笑って終わったのですが、ある日ふと思い出して、これってすごくいい視点だなと思ったのです。

 

私は見た目がおっとりしてる様にみえるのか、はたまた優しそうにみえるのか分かりませんが、人の価値感を否定してきたり、マウンティングしてきたるする人間に絡まれやすいです。今は大分されなくなってきましたが、疲れて弱気になってる時など狙われがちです。人を陥れて上に立ちたい人間は弱さを狙ってくるからです。

真っ向から否定する人、マウンティングする人の対処法として私は「この人は『そういうAカップの人なんだな』と思うようにしてます。

すごい大きなバストでどうみてもAカップじゃないのに、Aカップだと主張する女性。彼らの主張はまさしくこの女性であり、自分の価値観が一番正しいのだと他人に強制している。そんな彼らをこの滑稽さに当てはめることで、意識が外に向かい嫌な気分が少し収まってくる。そして私は小木さんの立場になって「そういうAカップもあるんですね」と心の中で答える。そうすることで、他人の思考に飲み込まれず、少し距離を置いて接せられるのだ。

否定的な人、マウンティングする人は、人を貶めることで己の価値を見いだしている。私はそんな彼らの価値観を高めるため、安心感を与えるために存在してる訳ではない。また、マウンティングすることでしか己の価値観が高められない、安心感を得られないのは彼らの問題であって私の問題ではないのだ。

 

などと語ってはみてもいざマウンティングされるとモヤモヤしてしまうもの。よく流せばいいとか、聞かなきゃいいとか言われますが、私はそんなに器用にできないので、小木さんの夢を思い出しては心の中で笑ってやり過ごします。

 

おっぱいひとつで学びがある!!

お笑いってすげー! 

 

人を褒めることと、信頼関係

私は日頃から人のよいところ、素晴らしいなぁってところをみつけると、相手を素直に褒めるようにしている。

 

なんでそう人を褒めるかというと、私もめっちゃ褒められたいから!!!(どやっ)

 褒められたい、嗚呼、褒められたい。

どうしようこの承認欲求。

嗚呼、やばい。

 

そんな私の心の闇は置いといて、

 

褒めることは、円滑なコミュニケーションを築くのに必要なことだと思っている。

褒めはお互いが認め合える効果があるし、相互理解にも繋がり、信頼関係が生まれると思う。

 

この『褒め』で私が学んだことをお伝えしたいと思う。

あれは私がまだうら若き会社員だった頃(今絶賛無職)新しく入った会社の新しく就いた部所の先輩が超絶美人さんだった。なんというか、全てが規格外の美しさ。多分、女優さんとかモデルという所謂芸能人というのは、こういう人のことをいうのだろう。顔は誰よりも小さく、目は大きくくりっとしていて、肌は白くきめ細やか、背は高く、スタイルも抜群に良く、お洒落にも余念がない。そんな先輩は美人であってもそれを笠に着る人でもなく、人格者でもあり、超絶仕事も出来た。そしてその美人先輩は新人で右も左もわからない私の教育係でもあった。

先輩は時に厳しく、だがとても丁寧に仕事を教えてくれた。

 

そして、教わりながらその顔をまじまじと見ては、美しい、、と思っていた。(仕事しろや)

 

先輩に仕事を教わる身として円滑にコミュニケーションを取るために、私は取り合えず先輩を褒めてみることにした。

褒められて嬉しくない人はいないはずだとその時は思ったから。

 

「すんごく綺麗ですね。」

たしかこんなこと伝えたと思う。

そうすると先輩は明らかに嫌そうな顔して「そお?」ってだけ答えて、仕事の話をし始めた。

私は先輩のしかめ面がとても印象的だった。女性にとって綺麗と言われるのは嬉しいはずであるのになんでそんな嫌そうな顔をするんだろう?

 

これが最初の疑問だった。

 

その後も先輩は親切に仕事を教えてくれていたが、何か壁のようなものを感じた。

また、職場で先輩はことある事に同僚や上司から「顔が本当に小さいよね」とか「すごい美人」とか言われていた。そして先輩が面接に来た時のあまりの美しさに会社中噂になったことをかなりの頻度で話題にあがっていた。それを先輩はいつも「そうでしたか?」と困ったように笑って聞いていた。

 

未だに壁を感じた私は美人先輩とどうやったら仲良くなれるかと真面目に考えてみた。まずは仕事ができないと相手にされないと思ったので、仕事を必死に覚えることにした。(当たり前のことだけど)

 仕事がある程度できる段階になった時、空き時間にほんのちょっとずつ話すようになった。すると先輩はお笑い番組を観ていることを知った。私もお笑い番組が大好きなので、あの番組観ましたか?なんて話しかけるうちに、お笑いの話しをするようになった。そこで気づいた。先輩のお笑いが好きはガチであることに。

先輩はかなりのお笑い番組を観ているだけでなく、どうしてこの芸人が面白いのか、あそこのトークの流れは落ちはこうだとか、ボケに対するあのツッコミは素晴らしいと熱く語るようになっていった。美しい顔で先輩はガチなお笑い評論をガチに語っていく。

先輩のお笑い評論はなるほどと納得の内容でもあり、おもしろく聞き入ってしまった。また、毎回そんなガチな視点でバラエティを観てるのかと思うと先輩がとてもかわいいらしく思えた。

ある時、特に全く意識せずに

「先輩のお笑いの話しとっても面白いです。笑いの視点も的を得てるし、お笑い評論が素晴らしいです」と言ったら

「え?ほんと?!ありがとう」

と嬉しそうに答えてくれた。

同僚や上司が顔が小さいと褒めた100倍、

私が綺麗ですねと褒めた時の100倍嬉しそうであった。

この時から私は先輩の容姿を褒めるのを止めた。最初に嫌な顔をした段階でなんとなく止めていたが、意識的に止めようと決めたのはこの時であった。他の人が褒めていても同調することも止めることにした。ただただ先輩のお笑い評論を楽しく聞くことにした。

毎回、とても鋭い視点で「先輩、さすがですね!」と伝えると、先輩は本当に嬉しそうな顔をしていた。私もなんだか嬉しくなった。その後先輩はこれは内緒だけどとプライベートな話しもしてくれるようになった。私は信頼を得られたんだと思ってとても嬉しかったのを覚えている。

 

先輩にとって容姿を褒めらることは嬉しいことではなかった。でも私は「美人だから褒めとけばいいだろう」って軽く考えてそれを実行してしまった。そんな私の見え透いた考えを見抜いていたのだろう。

外側しか見てなかった。

その人が本当は何を求めているかを知りもせずに。

 

これを機会に私は人と接する時、この人の素敵なところはどこだろうと自分の目でみるようになった。

人との会話でこの人は何を求めているのか考えるようになった。

安易に人を褒めるのを止めた。

素直に感じて素敵だと思ったことを、率直に相手に伝えるようになった。

 

私の言葉で嬉しそうにしてくれたこと、私もとっても嬉しかったから。

 

好きなものを好きと言いたい

私はぶっちゃけますと、オタクでありまして腐女子でもある。

小さいころから漫画が大好きで、大好きで、勉強もせずに漫画ばっかり読んでいた。

小さいころから映画も好きで、好きな映画を何度も何度も本当に何度も観ており、

高校くらいから小説の面白さを知って、今度は小説を読みふけった。

そして変わらず好きな小説だと何度も何度も何度も読んでいた。

 

小学生の頃から詩を書くのが好きで、よく書いていた。

中学生になると小説を書き始めた。

高校になると漫画の描き方をお友達に教わって描くようになった。

 

それが、いつの頃だろう。

あんなに好きだった漫画もあまり読まず、映画館にも行かなくなり、小説もそんなに読まなくなってきてしまった。

詩も小説も漫画も書かなく(描かなく)なってしまった。

 

思い返してみると、

書いている内容に自信がなくなってしまったり(何故だ)

大人になるんだからそんなことしてちゃいけないって思いこんでいたんだと思う。(何故だ)

 

自分に自信がなかったんだろうと思う。

自信がない自分が何を書いたって駄目だろうって思ってた。

 

フリーターの時代や海外で過ごした時間が長くて、順当に大学を卒業して社会人になっている人より明らかに社会に出るのが遅く、そんな自分に焦っていたんだろう。

高校を卒業してから入った大学が合わなくてすぐ辞めてしまった自分に罰を与えたくて、自分は創作をして楽しみを味わっていい人間じゃないと決断してしまい、それを実行していたんだ。

苦しめば苦しむほどに、それは努力しているもんだと勘違いしてたんだ。

 

こう思うと自分のMっぷりが恐ろしいよ。。。

 

私はどうやら務めていた会社には馴染めなく、そしてそれらの会社からも好かれていなかった。

そうなのにそこに留まらなくては、私の人生は破綻すると思っていた。

けっこう大きな企業でもあったし、世間的には正社員でいることが幸せあるとあるから。

会社を辞めて、昔の私であったら、大学を辞めた時みたいに、また罰を与えていただろう。

でも、今回をそう思わなかった。

会社は何千もあるなかのひとつであり、それがすべての社会ではない。

社会の中のひとつにたまたま受け入れられなかったし、私も受け入れられなかった。

お互いLOSE‐LOSEの関係であった。

でも社会は、世界は広いんだから、私がいたいところにいていいし、こんな私でもいてもよいと言ってくれる世界があると今は信じている。

 

私は今はしがない無職の女であるのに、正社員をしていた頃より今の自分の方が好きだ。

なんだか可能性を感じられる。

どこにでも飛びだって行けそうな気さえする。

この自信はどこから来ているのだろう。

 

それは、

私は自分を許したからだと思う。

正社員を全うできなかった自分を。

何者にもなれない自分を

世間的に良いと言われるものを受け入れられない自分を。

 

この感情に達したら、

好きだったもの、いや、好きなものを好きと言いたくなってきた。

否定されてきたこともあるけど、やっぱり好きなものは好きなのだ。

だって楽しいんだもん。

でも今まで自分に何故か課してきたこと、好きなことを好きと言うと、否定される、変な顔される、そんなこと言っていい自分じゃないっていうのが自分の肩の辺りからにょろりと顔を出してくる。

 

だから、今ブログを書いたり、ツイッターで呟いて、自分を少しずつ開放している日々なのである。

ああ、気持ちいいなぁ。

 

 

 

死産してからの人との付き合いの変化

私は元々人見知りをする人間でありましたが、それなりの交友関係がありました。
SMS、facebookもマメな方ではありませんが、日々の何気ないことを時々投稿しておりました。
ラインも友達は少ないけど、便利なツールとして使用していました。
妊娠がわかった時は夫と親以外には伝えておらず、安定期に入ったら仲の良い友達には電話か会ったときにでも伝えようかなぁなんて思ってました。


しかし、死産してからの私は外も出れず、人とも話せず家に閉じこもっていました。
外出すると、幸せそうな妊婦さんと元気な赤ちゃんと家族に遭遇します。
それを見るのがとても辛かった。

facebookももちろん見ることも、自分の投稿もできなくなりました。
子供の成長を投稿している友達が多く、それを見るのがとても辛かった。
死産しているため、悲しみの渦にいるのでまず投稿する気も起きないけど、不幸すぎて書くこともありません。


ラインもできなくなりました。
前にも記載したのですが、私が死産した年は何故か出産する友達が多くて、妊娠の経過や出産の報告を読むのがとても辛かった。

妊娠、出産のおめでたい話がSNS、ラインを通して友達から報告される度に、私は悲しくて悲しくて号泣していました。
なんで自分は同じことができないんだろうか。
何か悪いことをしてたのだろうか。
これは罰なのだろうかと。
そして、どうしてもおめでとうって言えない。
そんな自分がとてもとても醜く思ってました。

号泣する私をみて夫からもうfacebookもラインも止めてしまいなさいと言われました。
どうして自ら悲しい思いをするのかと言われ、私は素直にfacebookもラインも見ないことにしました。
見なくても投稿があるとお知らせが来るので、facebookもラインもアインストールしました。
この時は精神的にもおかしくなってて、思考停止状態であったため、「そんなせっかくみんな連絡してくれてるのに」とかあほなこと言ってました。


最初の頃は連絡を返していないことが悪くて、罪悪感がありましたけれど、暫くすると心も体も少し軽くなってきました。
というか、むしろfacebookもラインやならくても何ら困らなくない?ということに気づかされました。
私は本当に仲の良い定期的に会う友達とはラインもfacebookもしていなかったのです。
ラインで2人だけ連絡を取っていましたが、ラインしていると辛いと伝えると友達は見ない方がいいよとメールに連絡方法を変えてくれました。
死産の手術をする前も後も、子供の病気の事情や私の心情を何でも話し、聞いてくれたのはこの数名の友達でした。


また暫くすると、SNSやラインの存在が私の中で薄いものになってきました。

そしてふと気づいたのです。

あれ?もしかして私って大切にする友達の優先順位間違ってなかった?!

リアルに付き合ってる友達は傷心の私の心に寄り添ってくれていた。ただ話を聞いてくれて、一緒に泣いてくれた。『元気ださないと天国の子供が泣いてるよ』とか検討違いな慰めをしてこない思慮深い友達がいる。
なのになんでfacebookとかライン内の深い話をするわけでもないうわべだけの友達の事気にしてるんだろう。そんで真面目に連絡しなくちゃと思って、号泣していたんだろう。。

私は大きな気づきを得ました。

私は基本、根が真面目なタイプで、何か質問されたら真面目に答えるのが人としての礼儀だと思っていました。
連絡が来たら何がなんでも返さなくちゃと失礼にあたると考えてしまう頭の固い人間でもありました。
でも、子供を亡くしてこんなに辛いのにSNSの仲だけで付き合っているだけの友達にそんな義理通す意味あるんかい?と。
今は自分の悲しみに自分で向き合わないときない時期だし、何より自分を大切にしないといけないのに。


そして、私はある法則に気づいたのです。

私が死産していることを伝えていない友達から子供の話しをされたり、写真が送られて来ても、素直にかわいいねぇ大きくなったなと思える友達と、同じ内容でもメール消去したくなる友達に真っ二つに分かれることを。

そう、私、元々その「メールを消去したくなる友達」のこと好きじゃなかったのですね。
いや、本当に正直にいうと嫌いだった。

よくよく考えてみると、どうみても私に対して失礼な態度や言動があった友達であったんです。
でも過去のことだしと水に流さないととか、大人なんだし許さなきゃとか思って連絡取り合っていたのですが、心のなかのモヤモヤをずっと無視し続けていたのです。
それは八方美人でもある己の性格にも起因していることであり、いい人でなくちゃいけないという呪縛でもありました。
でも、そんなことする必要ないんですよね。
私は大切にしたい人だけ大切にしたいし、私の事大切にしてるれる人だけ大切にしたいのです。


友達の幸せが、妊娠、結婚、出産、出世、趣味、美人であるとか、なんとか色々素直におめでとうと思えない時期って正直あると思うのですよ。
私の場合死産した時がそうでした。
おめでとうって正直に思えなかった。なんだったら憎くてしかたなかった。
でもそれは、友達が無事子供を持てて、私が死産したからではない。元々私はその子が私にしてきた事を許してもいないし、その子のことが嫌いであったんだ。その子の赤ちゃんが憎い訳じゃなくて、友達が私に対してしてきた否定的な言動、失礼な行動が嫌で嫌でしかたなかったんだ。
だったら、そんな友達と疎遠にすることに罪悪感も持つ必要もなく、心置きなく距離を置けばいいのでないか。


ここに到達した私は、この「メールを消去したくなる友達」と無事距離を置き、心安らかになりました。



もし、他人のおめでたいことに素直におめでとうと思えない時、そんな自分なんてダメな汚い人間なんだろうと思っている方にお伝えしたい。
その友達元々あなたにとって本当に関係を続けたい大切にしたいお友達ですか?と。

もしかするとわだかまりは今ではなく、もっともっと過去の全く関係ないところにあったかもしれないよ!!


こんなところで今回は失礼致します。